王様の耳はロバの耳

2010年 12月 07日 ( 1 )




縞模様のパジャマの少年



最近「縞模様のパジャマの少年」を見ました。ホロコーストの映画ですが、展開や結末が今までのホロコーストものとは違いとても意外でした。「こんな終わり方でいいの?」とやりきれない気持ちになりました。

家族はお互いに根底では愛し合っているのに、それぞれがドイツやユダヤに対し異なった思想を持っているので、どうしても相容れないのです。ファシスト反対の祖母、しょうがないとあきらめる祖父、多分小さいときに軍服にあこがれて職業軍人になったが、行っていることには罪悪感を持っている父、分別がありやさしいが自分の気持ちを言えない母(現実から逃避したいと思っている)、善悪の判断がつかないうちに洗脳されてゆく未熟な姉、現実を全く知らない無垢で純粋な主人公の少年。

こうやって個人の性格を書き出していくと、ドイツ人のゆがんだ分別が作られていく過程が分かるような気がします。またその当時のドイツ人の気持ちを1つの家族に集約したのかも知れません。

お互いに異なった気持ちのまま誰かが誰かを変えることなく、平行線で物語は進みます。祖母はかたくなに息子に会いたがらず、祖父はおろおろし、父は職務をまっとうすべく、非情になろうとする、母はその場を去ろうとする。

その中で純粋といったらきれいな言葉ですが、状況をいつまでも把握しようとしない幼すぎる子供が消えてしまいました。
後押しをしたのが家庭教師の「一人の良いユダヤ人にあったとしたら、君は世界一の冒険家だ」という皮肉の言葉と父が国民に宣伝用に作った収容所の映画だったことにも作者の皮肉な狙いがあったのでしょう。

シャワー室の中にあの芋の皮をむいていた男が見えたので、何か奇跡が起こるのではと思いましたが、悲しそうなあきらめの顔をしただけで、結局変わりませんでした。
友情と冒険のために消えてしまった子供たちの命。最後まで自分たちが死んでしまうということを自覚していなかったことは幸福だったのでしょうか。


母親が号泣している場面は、子供を亡くした母親に感情移入し涙が出ました。しかしあのシャワーの場面では泣けませんでした。
なぜだろうと考えると、子供たちの中では戦争も人種差別も関係なく、最初から最後まで友情物語だったからです。こんな悲惨な状況の中で、普通に友情をはぐくみ、裏切り、裏切ったことに後悔し、仲直りする、と本当に自然な流れなのです。

子供の死によって、家族みんなが罰を受けます。本当のことを教えられなかった母親に、罪悪感を持ちながら非情な仕事をしている父親に、確かな思想も持たないうちに洗脳されていった姉に・・・・

でもあの時代、あの環境で、自分ならどうしていただろう。

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by tomo3275 | 2010-12-07 09:04 | 映画 | Comments(0)

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